常滑(とこなめ)城

正法寺の隣にある公園に立つ常滑城の看板

 

2015年9月14日撮影


◆別名:

 

◆所在:

常滑市市場町5丁目

 

◆交通:

 

◆歴史:

緒川城主水野忠政の曾祖父である水野貞守の次男である政祖(まさとも)が分家をして常滑の地へ移り、常滑城を築いたのが始まりとされる。

 

本家の緒川水野氏を水野信元が継ぐと、信元は織田信長と結び、知多制圧に乗り出した。

常滑水野氏は常滑北部にある大野城の佐治氏と争いながらも、常滑南部だけではなく半田市板山あたりまで勢力を拡大していたが、常滑三代目城主の水野守隆は知多半島中南部まで勢力を伸ばしてきた信元の娘を娶り、一族として本家の知多制圧に力を貸す事になる。

 

◆現在:

正法寺に隣接する公園に看板と常滑城址の碑が立ち、そこから約150m程南東の道路脇にも同様に城址の碑が立っている。

 

碑からさらに300m南東にある天澤院は水野氏の菩提寺で、一族の墓が残されている。


正法寺脇の公園


正法寺から西を見ると伊勢湾が一望できる。


道路脇に立つ城址碑